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東京高等裁判所 昭和63年(ラ)537号 決定

抗告人 総評・全国金属労働組合長野地方本部

アガツマ精機支部

右代表者執行委員長 沢崎克明

右代理人弁護士 滝澤修一

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状記載のとおりであるが、その理由の要旨は、「更生会社アガツマ精機株式会社(以下「更生会社」という。)は、確かに更生計画による弁済について既に多額の不履行を生じさせ、更生計画認可後の経常利益も赤字続きとなつてはいるが、その原因は、経営陣の努力の不足にある。即ち、経営陣は、目先の資金繰りに追われて、取引先に対する販売単価の引上げや材料の合理的仕入方法の採用等の基本的な経営努力を怠つてきたのであり、更生会社の技術力と施設、品質をもつてすれば、今後において、更生会社の経常利益を黒字に転換することは、十分に可能なのである。しかも、更生会社には、単年度の経常利益赤字分にも相当するほどの多額の使途不明金が存在し、これは、経営陣が私的に流用した疑いが強い。原決定は、これらの点について、検討することなく、更生会社が更生計画遂行の見込みがないものと速断したものであつて不当である。」というのである。

二  そこで、検討するに、記録によれば、次の各事実が認められる。

1  更生会社は、昭和二九年設立のミシン部品等の製造を業とする株式会社であり、昭和四〇年代前半には、その優秀なメツキ技術等により針角板関係では市場占有率約八〇パーセントに達し、全国の有力ミシンメーカー各社も、この分野の部品については更生会社の供給に依存する状態であつた。しかし、更生会社は、昭和四四年以降、金融機関からの多額の借入れで設備投資をして生産を開始した音響機器部品や電気製品の販売不振により大きな損失を計上し、その後右分野からは撤退して昭和五一年にはミシン部品専業に復したが、累積損失は拡大し、昭和五三年五、六月には生産の大幅減少で、資金繰りが急速に悪化したため、同年七月一日に会社更生申立てに至つた。

2  更生会社の主たる取引先である有力ミシンメーカーの中には、更生申立てを契機に、取引を縮小する会社もあつたが、基本的には更生会社の技術力に対する信頼から、受注の減少は少なく、原材料の仕入れ確保、外注先の保持も図れそうな見通しがあつたので、企業体質を強化して、適切な更生計画が立てられれば、再建が可能であるとの調査委員の報告に基づき、昭和五三年一一月二日更生手続開始決定がなされた。

3  更生会社の欠損金は、更生申立て時の四億五四〇〇万円余が、右開始決定時には五億三七〇〇万円余と拡大し、また、更生会社従業員は、最盛時(昭和四五年ころ)の四五〇人以上から右開始決定時には一六一人に減少していた。そして、右開始決定と同時に選任された管財人有道照茂は、職務執行に問題があり、計画案の作成ができないまま昭和五四年一一月二八日辞任を承認され、同日、元上田市助役の柴崎章雄が管財人に選任された。右管財人は、労使関係の改善、経営合理化、外注先の協力態勢の整備等に努力し、この間、受注も比較的順調に推移した。

4  そして、昭和五六年三月一二日に更生計画が認可されたが、右計画における弁済計画は、別表1のとおりであり、確定更生債権総額九億七四〇〇万円余のうち、弁済総額(一般更生債権の七〇パーセント免除等の債権の一部免除後)は、七億〇二五〇万円余であつた。そして、右金額は、約五億七六五〇万円の更生担保権のうち、四二七万円余が株式による代物弁済、三億二五〇〇万円が不動産(工場敷地の一部)の売却益による弁済がそれぞれ予定され、また、一般更生債権のうち八八五万円が更生会社の新株式による代物弁済が予定された以外は、すべて計画認可後の営業収益によつて昭和六九年二月末までに分割弁済することとされていた。

5  したがつて、右弁済の原資を生み出すためには、売上高、経常利益の確保が重要であつたが、右計画におけるその予想額は別表2の予想額欄のとおりであつたのに対し、現実の売上高、経常利益の推移は、同表実績額欄のとおりであり、売上高は右予想額を下回り、経常利益も赤字続きであつた。このため、前記不動産の売却が予定額以上で行われて更生担保権が計画どおり総額三億二五〇〇万円弁済されたほかは、本件更生手続廃止申立ての時点での弁済状況は、別表3のとおりであつて、昭和五九年末までに完済する計画だつた優先的更生債権(公租公課)が弁済を繰延べられて約三割が未済であり、更生担保権(収益による弁済分)、一般更生債権については、その計画額が殆ど弁済されないまま未済となつていた。そのほか、右申立て時点で、未払いの共益債権二億五八〇〇万円余があつた。

6  右のように計画認可後の各決算期ごとの経常利益が終始赤字であつた原因は、大手発注メーカー・リツカーミシンの倒産など偶然的事情もあるが、基本的には、不況、後発工業国の追上げ、円高の影響によるミシン業界全体の停滞やミシン部品の輸入拡大による受注減にあつた。

7  更生会社管財人は、営業収益から弁済原資が得られないため、所有土地の値上がりとその売却益による弁済に期待するとともに、人員の削減、労働時間の延長、生産効率の向上等の経営努力を重ねつつ、ミシン部品以外の新製品の開発も試みたが、有利な条件での土地売却は結局期待外れに終わり、経営努力の成果も受注減による経常利益の赤字を小幅にする程度のものに止まり、それを黒字に転換するには至らなかつた。その上、新製品の開発も失敗に終わり、かえつて、これに伴い資金繰りが逼迫し、昭和六三年二月には資材購入費や外注費の支払が不能となつた。

8  このような状況により、管財人は昭和六三年三月三一日、本件更生手続廃止の申立てをし、更生会社の生産を停止することとしたが、更生会社従業員五九名の大多数を構成員とする抗告人は、その後も更生会社施設を利用して大手ミシンメーカーを含む取引先から受注したミシン部品の生産を継続している。

三  右二で認定した事実によれば、本件における更生債権の弁済計画は、更生会社の収益力を過大に評価したもので、当初から問題があつたとみるべきであり、計画認可後も経常利益は終始赤字続きで、収益から弁済予定の更生債権は弁済を延期しても殆ど弁済されないまま推移し、その上、二億五八〇〇万円の共益債権も未済となつているが、その原因もミシン業界全体の一般的要因によるところが大きいから、今後において更生会社だけの努力により、このような状況を脱却して、弁済の促進が図れるに至るとは考えがたいといわざるをえない。

なるほど、更生手続廃止申立て後も、取引先の一部の協力を得て、一定規模の生産が継続されており、これは、更生会社の技術力に対する評価がなお高く、またその生産するミシン部品に対する根強い需要が存在することを推認させるに足りるものではあるが、前記認定のとおり、このような生産努力にもかかわらず、計画認可後七年間も経常利益は赤字続きだつたのであり、今後において、単に生産を継続するだけではなく、その生産により継続的に収益を挙げ、前記のように多額の更生債権、共益債権を弁済する可能性があるものとは認めがたい。また、前記認定のとおり、更生会社管財人は、相応の経営努力をしてきたものであるから、抗告人が主張するような受注単価の引上げや材料仕入れの合理化をしていれば、更生計画に基づく弁済が可能であつたとみることはできない。さらに、抗告人が指摘する使途不明金については、更生会社の経理上は雑費として処理されているところ、仮にこれが真実更生会社として負担する理由のない支払であつたとしても、その負担がなくてもその年度の経常利益が赤字であつたことには変わりがないとみられるから、更生計画遂行の見込みの判断を左右する事情とはいいがたい。

以上のとおり、更生会社については、更生計画遂行の見込みがないことが明らかとなつたといわざるをえず、本件更生手続廃止の申立ては理由があるので、会社更生法二七七条に従い認容すべきである。

四  したがつて、これと同旨の原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却する

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 小林克已 河邉義典)

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